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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1848号 判決 1950年12月02日

被告人

山本賢

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用(国選弁護人奥村仁三に支給した分)は、被告人の負担とする。

理由

(イ)弁護人奥村仁三の控訴趣意第一点の要旨は、

原判決は、法律の適用に誤りがある。原判決は、「本件公訴事実中被告人が中山正一方に於て衣類八点を窃取したとの点は無罪」としたけれども、証人中山正一の供述によれば、右衣類八点は、被告人の実母及び中山正一の妻(被告人の母親の兄の妻)の所有であることが明らかである。従つてこの点については、免訴又は公訴棄却の裁判を為すべきものであるにも拘らず、原審が無罪の判決を為したのは、法律の適用を誤つたものであると謂うにある。

よつて案ずるに、無罪の判決に対しては、被告人から上訴を為すことができないことは、上訴制度を認めた根本理念に照し明白なことであつて、このことから考えて併合罪の一部について無罪の判決があつて被告人のみが控訴したときは、右無罪の判決の部分については、被告人からの控訴が禁止してあるものと解するのが相当であるから、その部分については、控訴審に事件が繋属して居らず、有罪判決の部分についてのみ、控訴され、その部分のみが控訴審に繋属しているものと解すべきものである。従つて無罪の判決の理由について、違法な点があつても、被告人及びその弁護人から右無罪判決について、これが不服を申し立てることができないものである。本件記録を精査するに、原審が無罪の判決を言渡した窃盗の公訴事実の被害品は被告人の叔父中山正一が管理していた衣類等であつて、その衣類等の所有者は、被告人の母及び中山正一の妻の所有であり、被告人は、中山夫婦と同居していたことが明らかであるから、被告人については、刑法第二百四十四条によりその刑を免除すべきものであるのに、原審が犯罪事実の証明がないとして無罪の判決をしたのは、事実誤認を為し、法律の適用を誤つたものと謂うことができるけれども、前記の通り被告人としては、最も有利な無罪判決を受けているので、この点について原判決を論難することはできないものである。論旨は、採用することができない。

(ロ)  同第二点の要旨は、原判決は、審判を受けない事実について審判をした違法がある。原判決第二の認定事実は起訴状記載の公訴事実第三と同一ではない。起訴状記載の公訴事実によれば、伊藤新蔵方納屋において、同人所有の新品自転車一輛を窃取したとあるが、原判決認定事実によれば、伊藤新蔵方において、同人が管理中の同人の娘つや子所有の自転車一台を窃取したとあつて、事実は全く異つて居り、従つて原審は、審判を受けない事実について判決を為した違法があると謂うにある。

よつて案ずるに、原判決第二の犯罪事実によれば、被告人は、昭和二十四年十月二十二日午後十時三十分頃、原判示伊藤新蔵方において、同人が管理中の同人の娘つや子所有の自転車一台を窃取したとあり、これに対応する公訴事実第三によれば、被告人は、昭和二十四年十月二十二日頃、右伊藤新蔵方納屋において、同人所有の新品自転車一輛を窃取したとあつて、原判決の認定事実と公訴事実の記載とは、その文句及び文章においては、異つた点があるが、窃盗罪としての構成要件に該当する具体的事実としては、全く同一であると謂うことができる。公訴事実においても原判決においても、被害日時、場所、被害品目の点は一致し、且つ被害品の所持を為していたものは、伊藤新蔵であることが一致して居るので、被害品である自転車の所有権者が異つていても、公訴事実と原判決認定の犯罪事実とが同一性を失うものと解することはできないばかりでなく、訴因においても、その同一性を失うものと解することはできない。従つて、原判決は、審判を受けない事実を審判した違法はなく、論旨は、全く理由がない。

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